生きとし生けるものへ。岩合徳光『交尾』。

Reviewed by Tomo Kosuga

ネコ写真でお馴染み、岩合光昭さん。その父も同じく動物を被写体にした写真家だったことをご存知だろうか。

岩合徳光。1919年、北海道生まれ。毎日新聞社などを経て、動物写真を専門に撮影するフリーカメラマンに。2007年、低酸素脳症で91歳没。動物写真の分野では草分け的な存在と言われている。

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写真集『交尾』はオモテもウラも同じデザイン

本書『交尾』は実に大胆なタイトルを冠しているが、中面では一切のテキストが存在しない。つまりタイトルの通り、ただひたすらに動物たちの交尾が次から次へと映し出されるのだ。

写真だけで勝負しようという、作家の意気込みが感じられる潔さだ。

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注目したいのは本の作りだ。

表紙は、オモテもウラも同じデザイン。異なる点といえば、2匹のサルがこちらを向いているか、あるいは背を見せているか。それくらいである。さらにページを開くと、オモテとウラの袖に印刷された写真も同じ。見返しもなんと、同じ。水中のミジンコと微生物の卵が掲載されており、これは右開き、左開きのどちらで開いてみても掲載されている。さらにめくると、大量の鳥の姿と、ニルガイというウシ科の動物の肛門から子どもが産まれる瞬間の1枚。これも、左右どちらで開いても掲載されている。ただこの見開きだけ、どちらか片方のページにソラリゼーション(白黒反転)が施されている。その後は延々と、様々な動物たちの交尾が繰り広げられる。

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左から開いても……

右から開いても、やはり同じデザインになっている

右から開いても、ほぼ同様のデザインになっている

つまりこの本は、魂の輪廻を表しているのだろう。生きとし生けるものたちが何千年、何万年と繰り返してきた命のバトンは、この交尾から始まる。サルもライオンもサイも、クマもカエルもオランウータンも。ぐるぐると回るサイクルには始まりこそあれど、終わりがない。

もうひとつ注目したいのは、これらが自然環境ではなく、主に動物園内で撮影されていることだ。これらの命のバトンは、人が築き挙げた敷地内=輪のなかで繰り広げられる。野生の光景を捉えようならサバンナまで遠征しなければならない動物が少なくないなか、撮影コンセプトを現実的に達成するための策として、動物園を舞台にしたのだろうが、これによってこの本そのものが動物園という箱庭を象徴することになり、余計に交尾が絵として際立つ。そして当の本人たちは、自分たちの情事をニンゲンに見られていようがお構いなしだ。欲望のままにピストン運動に励む。

男は交尾時、冷静になると言われるが、このヒョウのオスの表示を窺う限り、同じことが言えそうだ

行為の最中にも外敵に襲われないよう見張るためオスは冷静になると言われるが、このヒョウのオスの表情を窺う限り、彼らにもそれは言えそうだ

それにしてもよくこれだけの交尾を撮り集めたものだ。きっとそこには並々ならぬ情熱と理由があったに違いないだろうが、冒頭でも説明した通り、作家本人による解説は一切ない。

でもきっと、例えば「ライオンはプライドというハーレムを作り、メス数頭がオス1頭を囲みます」などと書かれたところで、余計に興ざめしただけだろう。つまり文章が必要なのは、写真がその事実を語るに物足りていない時なのだ。しかし岩合徳光が撮り集めた交尾は決定的瞬間ばかりだから、解説は不要なのである。しばしば、優秀な書籍は短い題名を持つと言われるが、写真集も例に漏れず、同じことが言えるだろう。

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交尾の背景に確認できる、なんの変哲もない街並みがこれまたシュールに映る

交尾という生物における欲求のひとつをテーマにしながらも、その写真の見せ方においては禁欲さを追い求める辺り、作家としての腕が光る1冊だ。

【今回の関連書物はコチラ】

   

この記事の著者

トモ・コスガ

トモ・コスガ

1983年生まれ、編集者。フォトグラファー・新田桂一に師事後、VICE MAGAZINE JAPAN編集部、EYESCREAM編集部、VICE MEDIA JAPANを経て独立。現在は故・深瀬昌久の作品管理と普及を目的とする「深瀬昌久アーカイブス」ディレクターを務めながら、主に写真関連の記事を書いたり、家事をしたり、ジムでマッチョを夢見たり、クワガタを飼育・採集、と多岐にわたって活動中。

http://www.tomokosuga.com/

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