故郷へ遡上する。中居裕恭『North Point』。

Reviewed by Tomo Kosuga

今年2月に急逝した写真家、中居裕恭さん。彼が遺した作品を集めてRoshin Booksから出版されたのが『North Point』だ。

『North Point』が生まれるまで。

青森県八戸市出身の中居さんは1976年、「ワークショップ写真学校」にて細江英公から写真技術を学ぶため、あるいは故郷から離れるためもあったのか、「20才のときに飛び出して」(『北斗の街』あとがき)上京。板橋の大山に4畳半で1万1000円の部屋を借り、1年近くにわたってワークショップに通いつめる。1978年、新宿二丁目のゲイを写した写真で個展『東京潜酔艦』を開催(このときの写真は2008年に刊行された『新宿ゲイ』(グラフィカ刊)に収録)。1979年には「CAMP」に参加、1980〜87年にかけて7回の個展を開く。

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1980年代中盤より「生まれた土地を撮りたいと思った」(『北斗の街』あとがき)ことから、地元の八戸市周辺を撮影し始める。1988年、東京に在住しながら、故郷の八戸市に自主ギャラリー「北点」を開設。そして1991年、中居さんの代表作となる写真集『北斗の街』が刊行される。(ここまで「写真の会」会報 no.79掲載の『発掘インタビュー 追悼・中居裕恭』【聞き手・構成=高橋義隆氏】を参照した)

今年、青森県三沢市にある「寺山修司記念館」を舞台に、森山大道氏との2人展開催を予定していた中居さん。まさにその準備にとりかかっていた最中、大動脈瘤破裂により逝去。60歳、まだまだこれからだった。これをきっかけに、本書『North Point』は出版化の話が進み、中居さんが遺したプリント約500枚の中から森山氏が選んだプリントによって、本書は構成された。

魔術的なほどに見事な造本。

造本は、マッチアンドカンパニーの町口覚さんが担当。手に吸い付くような加工が施された素材と、オモテ表紙/ウラ表紙に添えられた〝いかにも魔術的な円形のアイコン〟によって、中居さんのことを知らない人でもついページをめくらせてしまう不思議な装丁に仕上がっている。中面も工夫が凝らされていて、なんとページは、めくるごとに「光沢ページ」と「マットページ」が交互に切り替わるという、奇っ怪な凝りようだ。

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もちろん紙質が異なれば、印刷の具合や色味などにも違いが出てくるため、印刷工程を考えるだけでも頭が痛くなる。しかしこのおかげで、通常の写真集であれば、ページをパラパラとなんとなしにめくっていってしまうのに対し、めくるたびに異なる紙に印刷された写真が現れるため、自然と目が留まる。これにはもちろん好き嫌いがあるだろうが、私は一点一点をじっくり見たい派であるため、肯定的に捉えることができた。

中居裕恭が写真の先に見たもの。

さて、肝心の写真についてである。一点一点の撮影場所など詳細はつかめないが、海岸や魚介類、漁業に携わる人々の姿を垣間見るに、中居さんの地元・八戸市を中心とした青森県と岩手県が撮影の舞台であろう。恐らくここで、それらがどこで撮られたものであるかはあまり重要ではない。

というのも、これはあくまで中居さんにとって「生まれた土地を撮りたいと思った」がためのものであり、つまりこれらは中居さんにとっての追臆なのだ。二十歳のあの日、故郷を飛び出して上京しなければ、決して感じられることのなかった景色がここにはある。

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私はこれらの景色に、かつて深瀬昌久がかつての伴侶と暮らした草加市松原団地を数十年後に訪れて写真に記録した作品『歩く眼』(2004年、ヒステリック・グラマー刊)が重なった。

かつて身を寄せた土地というのは望郷というエサをぶら下げるくせに、いざ再訪してみると存外なほどに空虚なものだ。それだけでなく、なぜか長居してはいけないかのような、すべきことを達成したら一刻も早く立ち去らなければならないかのような、一種の焦燥感すら抱くものだ。深瀬さんの『歩く眼』で感じられた画面の歪みや人々の匿名性は、本書においても同様に感じられる。それは「その土地を離れた者」=「異物となった部外者」だからこそ抱く〝焦り〟によるものである。

それでも人は故郷を忘れられないものだ。中居さんは東京に住まいを構えながらも、幾度となく「生まれた土地」を目指し、「真夜中の国道をひたすら北へ向か」った。

街並みを歩き、村を巡り、アジサイの咲く角を曲がり、時にはコスモスの咲き乱れる旧街道を山すそから海辺へ廻り、陽にあぶられ、風を全身に浴びているうちに、自分が羊水につつまれた胎児のようになっていく錯覚を覚えたりもした。

(中居裕恭『北斗の街』あとがきより)

『北斗の街』には副題がつけられている。「遡上の光景」——。そう、中居さんは北を、故郷を目指していた。まるで、生まれた土地で産卵するために遡上する鮭のように。『North Point』で表紙に添えられた円形のアイコンは「コンパス」である。北を指したコンパスである。

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中居さんが写真の先に見た景色には、ありし日の記憶があり、そこに私たちは自らの記憶を重ねる。なにも美しい思い出や楽しい記憶ばかりではないだろう。どちらかといえば辛いことや悲しいことの方が多いものだ。若き日とは、青春とは、そういうものだ。

それでも私たちがその日々を取り戻したいとつい願ってしまうのは何故だろうか。それはもしかすると、自分が生まれる前の記憶に触れられるからかもしれない。この肉体がこの世に誕生する前、父と母が暮らした土地、あるいはもっと遡って、祖先が生活の根を張った大地に、まだ自分が関与していた日々の記憶——。

写真はなにも語らない。故に、私たちは感じる。中居さんの遺した景色は私たち一人ひとりの記憶を呼び起こし、そして重ねる。見知らぬ土地であっても、どこか懐かしいと感じさせるのは、ここに中居さんの「北を目指す旅」が記録されているからであり、さらに写真は、観る者がこれまで重ねてきた私的な旅を融合させることすら迎合してくれるからだろう。

写真家は旅をする。きっと中居さんはいまも、旅を続けている。

終わらない旅、それは最も写真らしい。

 

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中居裕恭『North Point』はroshin booksから購入可能です
roshinbooks.com/north.html

この記事の著者

トモ・コスガ

トモ・コスガ

1983年生まれ、編集者。フォトグラファー・新田桂一に師事後、VICE MAGAZINE JAPAN編集部、EYESCREAM編集部、VICE MEDIA JAPANを経て独立。現在は故・深瀬昌久の作品管理と普及を目的とする「深瀬昌久アーカイブス」ディレクターを務めながら、主に写真関連の記事を書いたり、家事をしたり、ジムでマッチョを夢見たり、クワガタを飼育・採集、と多岐にわたって活動中。

http://www.tomokosuga.com/

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