深瀬昌久の『鴉』を世に送り出した新宿の出版社兼書店、蒼穹舎の大田通貴さんから話を聞いてきた。

Interview by Takayuki Kobayashi (flotsam books)
Edited by Tomo Kosuga

こんにちは。flotsam booksの小林でございます。

ロンドンのMACKから故・深瀬昌久さんの写真集「鴉」が復刻されることは今年のちょっとした話題のひとつ。そうなると俄然気になってくるのが、今や世界中の古書店で高値取引されるオリジナル版「鴉」の存在。これを世に送り出した蒼穹舎の大田通貴さんとは一体どういう人物なのか? この機会に話を聞きたいと思いました。

大田さんは蒼穹舎という新宿の出版社兼書店の代表で、写真関係の人なら誰でも知っている、僕からしてみたらレジェンドの一人。いやー、さすがに質問する僕の方が硬くなってしまいましたが、緊張感なんかも現場の空気として楽しんでもらえたらと思います。

蒼穹舎の大田通貴さん

蒼穹舎の大田通貴さん

TSK : まず初めに、大田さんって今おいくつなんですか?

大田通貴:今年還暦です。

『鴉』が出版されたのが1986年ですよね。当時はおいくつだったんですか?

『鴉』を出したのは30ですね。

え、その歳でもう出版されたんですね。

まあ、あの当時の30って遅いから。

元々写真がお好きだったんですか?

写真は、高校のとき。中学2年の時に汽車。で、広田尚敬の次は僕だって思ってたんだよ(笑)。

(※広田尚敬……鉄道写真家の草分けとして知られる写真家)

そうなんですか?(意外)。

いや、マジマジ。だけど僕が通ってた〝小海線〟……って知ってます?

いや、知らないです。(すいません)

中学2年の11月に初めて行って、以降高校1年の10月頃に汽車がなくなるまで10回以上通って。で、その後他の線にも行ってみたんだけどなんか手応えがなくって。

で、そのころ汽車やってる連中の一人が「写真って面白いよ」って。「森山大道っていうスゴいのがいるよ」って、教えてもらって。それからアサヒカメラとかを見るようになった。高校2年生の時に「よし、写真家になろう」って思って。

へー。そうなんですね! 高校2年って早くないですか?

そんなことないでしょ。

で、大学は早稲田に入って。ま、写真家って大学を出てない人が多いから、大学を出てる人がいるとこに行こうと思って。で、大学行ったら、文学の方が面白くなってきた。写真はあまり撮らなくなって。あ、大学は7年通ったんですよ(笑)。

えw?。そうなんですね。けっこう行かれましたねw。

7年っていうと、23、24、25歳。ま、就職してないから。まずいでしょ?

まずいですねw。

で、日本文学の有名な人のとこ行って話を聞いたり、エディタースクールに通って話を聞いたり。そこで径書房(こみちしょぼう)の原田奈翁雄さんと仲良くなって。そこに通い詰めてたりしたんですよ。「昼間っから呑んでいれば良いから来なよ」と言われて(笑)。でも、やっぱり、自分のやっていきたいこととは違うなと。

あの頃の紀伊国屋の写真集売り場はすごく良かったのよ。石内(都)さんの『絶唱、横須賀ストーリー』(1979年、写真通信社刊)や『アパートメント』(1979年、写真通信社刊)。北島(敬三)さんの『写真特急便 東京』(1980年、パロル舎刊)とか見て、あ、近い世代でこういうのを出してる人たちがいるんだと知って。

文学は出版社が充実していたので潜り込むような隙間がなかったけれど、写真だったらなにか出来るんじゃないのかなと。というか、誰もまともなものを作ってなかった。当時、大手がつまらない本ばかり出していた頃だから。

その当時から、本を作りたいっていうのはあったんですか?

いやまあ、作家になれないのであれば編集者になりたいと。径書房とかに潜り込んでみたけど、やっぱり写真とかに対するセンスとかは違うし。

で、紅野敏郎という日本文学の有名な研究者の人から「出版社に潜り込もうなんて間違ってる」って言われて。「自分で作って自分で潰しなさい。人のところに潜り込もうなんて甘いよ」と言われて、「じゃ自分で出版社やりゃいいじゃん」ってところから簡単に始めたんですよ(笑)。

で、今もあるけど喇嘛舎(らましゃ)って古本屋、知ってます?

はい。前は三軒茶屋にあって今は神保町にある喇嘛舎。

あそこ、けっこう出版もやってて。

え?そうでしたっけ?

知らないの? 片山健とか、石井隆とか。

あー。そう言えば出してましたね。

喇嘛舎とは23、4の頃からずっと友だちだったので。店が出来た時からずーっと通い詰めていたのもあって、本の出し方とかは見ながら知っていった感じですね。

 

蒼穹舎 店内の様子

蒼穹舎 店内の様子

へー。そうだったんですか! で、大田さんが出した最初の本っていうのが深瀬さんの『鴉』だったんですよね?

うん。一発目で失敗したらいけないなというか、続けてやれなければ意味が無いと思っていたので、なにから出そうか考えていた。

鈴木清さんからは本ができるたびに見せてもらったりしていて。喫茶店で会って直接写真集を売ってもらったり。あと早川書店も近所だったのね、早川良雄さんがやってた。

近くに早川書店と喇嘛舎があって見てたので、作っちゃえばなんとかなるんじゃないかな?って思ってた。

そうなんですね。そういえば、深瀬さんの出す前にハム屋さんで働いていたとか?

出す前っていうか、ずっと働いてたんです。それは径書房に潜り込んでた時に、そこにたまたま来てたオバさんが「こんなとこにいたって食えないから、私んとこでバイトしながら好きなことすればいい」って言われて。で、径書房に通うのを辞めてそこのハム屋に入ってお金貯め始めたって話。

で、深瀬さんのは写真雑誌「写真時代」に長谷川明さんが、色んな作家を毎月紹介してたのよ。「深瀬の鴉を誰か本に出来るようなヤツはいないのか」と書いていた。

それを見て大田さんが?

それはここで一旦置いておいて。その頃、金子隆一さんとかのグループと付き合いがあったので、金子さんに「長谷川明さんは知ってますか?」と聞いたんです。金子さんを写真の世界に引っ張ってきたのは長谷川さんだったのよ。で「もちろん知ってますよ」って言われて紹介してくれた。で、長谷川明さんに会ったら、「あ、君のこと知ってるわ」って(笑)。どっかで会ってたらしくて。

え、会ってたんですかw?

どっかで会ってたんでしょうね。で、「深瀬を紹介してやる」と言ってもらって。それで、深瀬さんのとこに行ったら「いくらかかるか分かる?」って言われて。「じゃ、250万貯めますよ」って言って。

その場で言ったんですか?

うん。「じゃ、250万貯まったら来いよ」って言われて。

蒼穹舎 店内の様子

蒼穹舎 店内の様子

そんなすぐ決まったんですか?

うん。で、その2年後かな。

大田さんの他に深瀬さんの出そうって人は居なかったんですか?

いないいない。あの頃、写真集出そうって人間誰もいなかったから。

邑元舎(ゆうげんしゃ)の元村和彦さんとかはいたけど、ロバート・フランクとか森永純とか、豪華本だったので、作り方が違うからね。

で、250万貯めて、2年後に? 深瀬さんはずっと待ってたんですね。

そう。で、みかん箱よりもっと大きいダンボール箱に入ってる写真を出して。「好きに作ってよ」って。

え、そんな感じだったんですか? 深瀬さん自体は本に対して要求とかなかったんですか? こんな感じで作って欲しいとか。

いや。逆に、どうかなっちゃって、それが面白けりゃやるよ、みたいな感じだったんですよ。鴉がどう形になるかってわかってなかったしね。僕も分かってなかったけど。

鴉の写真もすごい量があるんですよね?

そう。だから、ダンボール箱に満杯くらいありましたよ。1000枚とかあったんじゃないかな。

そのときまだ出版もやられてないじゃないですか。

うん。だから好きなもの選んで。編集は出来なかったけど、僕がセレクトして、長谷川(明)さんがそれを並べるっていう。

けっこう打ち合わせや話し合いがあったんですか?

そんなにないですね。「好きに選んでいいよ」って言われたので、好きに選んで、長谷川さんも選んで足してって感じで。でも、長谷川さんはそういう時は一歩引くから。こっちのやりたい方向をみてそれに足すっていう感じでしたね。

深瀬昌久『鴉』1986年、蒼穹舎刊

深瀬昌久『鴉』1986年、蒼穹舎刊

『鴉』のデザインって?

それは、深瀬さんのデザインセンターの友だちで当時バリバリに活躍してた人ですよ。内藤正敏さんの『遠野物語』(1983年、春秋社刊)をデザインされたりしていた人ですよ。まあ、このデザイナーとも大ケンカして。

最近の話ですかw??

いやいや。その時に。

え、その時にw??

その時に。で、もう絶交されて。「深瀬に頼まれたことだからやるけど、二度と電話をしてくるな」って言われて。だから最後の成り行きはわかってないと思う。で、ケンカになって、深瀬さんに「どうしましょうか?」って言ったら、「面白いからあなたの好きにやってもらって良いですよ」って言われて。

ははは。そうなんですね。色々あったんですね。本当に好きに作られたんですね。

まあ、デザイナーの人は、これを曼陀羅みたいなデザインにしようとしてて。杉浦康平的な感じで。だから「全部止めてくれ、文字だけで良いから」って言ったら、もう怒ったなんていうもんじゃなくて。「お前みたいなガキに何が分かるんだ」みたいなこと言われて。

出来上がりのイメージみたいなのは大田さんの中にあったと?

いや。イメージはなかったけど、出来るだけなにもないものをやりたかった。

へー。そうなんですね。出版されてからってもう蒼穹舎って名乗られてたんですか?

名乗ってたんだけど、ほら、この『鴉』。背の字が間違ってる。デザイナーとケンカしちゃったから最後の確認が出来なかったんだよね。しょうがないけど。

(※オリジナル版では背の「蒼穹舎」の「舎」の文字が「社」になっていました)

へー。そういえば、この場所っていつからなんですか? place Mやmoleと一緒にやってた時って存じ上げないんですけど、その当時から書店と出版だったんですか?

まず1996年に、勤めていたハム屋が倒産して。1年くらいのんびりしてて。まあ、のんびりといっても夜逃げとかあったんだけど。

www。

その頃、ハム屋で社長の次に偉くなっちゃって。社長が夜逃げして。「お前に全て頼む」って言われて。机の中に携帯とそれに巻き付けられた遺書が入ってたんですよ。

頼まれても困りますよねww。

で、会社解散して、整理して。最初の1ヵ月は夜逃げしてて、尾仲浩二の家で暮らしてた(笑)。翌年さすがに働かなきゃいけないなと思って、古本屋やろうかなと。それでmoleの津田さんに「資格だけとるからここの場所貸してくれない?」って話したら「じゃあ、ウチでやってください」って言われて。

へー。そうだったんですか。

でも、創業一日目に大げんかして(笑)。っていうか、前の日に「明日から頑張りましょう」って飲んだ時に大げんかして。

蒼穹舎で販売されている写真集の一部

蒼穹舎で販売されている写真集の一部

www。なにがあったんですか。

いや、「僕の本について率直に意見を言って下さい」って言われたから、率直に言ったら困らせちゃって(笑)。

言い過ぎてるでしょ?w。

いや、全然言い過ぎていないんだけどね(笑)。で、瀬戸正人さんとかから「大田さん謝れ」なんて言われちゃって。で、その3年後に体よく追い出された。その後、森山(大道)さんが「(place)Mに来たら?」と言ってくれて。で、2000年8月から2007年の暮れまでplace Mの中でやっていた。

その間もずっと出版はやられてたんですよね?

1997年が再出発という感じですかね。1993、1994年までのものっていうのは、全部長谷川さんの目を通してるんですよ。並べてもらって、僕が並べ替えて、みたいな感じで。1997年に行きがかり上、またやることになって。

なるほど。話は変わるんですが、大田さんの好きな本ってご自身の本以外でなにかあるんですか?

写真集? 今、ないでしょ。

昔のでも良いんですが、洋書でも昔の本でも。

いや、昔はいくらでも好きなものあったけど……ただ、すごく長い目線で考えれば、牛腸茂雄さんの『見慣れた街の中で』(1981年、私家版)。あれはもう超名作ですよ。牛腸さんの本は『見慣れた街の中で』も『Self and Others』(1977年、白亜館)も本人から買ってたんですよ。牛腸さんの追悼会の時にたぶん、長谷川明さんに会ったのかもしれない。後は飯沢耕太郎さんとかね。

そうですか。大田さんはかなりの写真集の編集もやられていますが、写真集の編集ってとても大事だなあと最近かなり感じているんですが。

うん、でも、結構デザイナーに丸投げのものが多いじゃないですか。ほとんど編集されてないと思う。

写真家自身で編集が上手い方っていらっしゃるんですか?

森山(大道)さんも北井(一夫)さんも、みんな上手いですよ。石内(都)さんも上手いし。

そういえば、前に伺いましたけど、尾仲浩二さんも。

尾仲(浩二)くんは一緒に覚えたんだよね。ドラゴンフライをやった2007年。その時は2人で組んだら全く同じものが出来て。それならもう僕が入る必要ないね。って思って。たぶん、彼もお案じコトを感じたと思う。

大田さんの他に編集で面白い人っていますか?

いないでしょ、編集は。全然いないでしょ。

本のデザインとかはどうですか?

マッチ(アンドカンパニー)とか。たまにやり過ぎじゃないかな?って思う事もあるけど。上手くいった時はすごく良い本を作るよね。もちろん編集も含めて。

写真集をデザインしたいって若いデザイナーと会うこともあるんですが、「写真集のデザインしたいんです」って大田さんとこに持って来たら検討して頂けたりするんですか?

うーん。それはどこかで試してから来て欲しいかな(笑)。やっぱり今は作家からお金を頂いて作ってる訳だから。

では、作家の紹介とかで来ることが多いんですか? 作家が「この人とやりたい」って来ることが多いんですかね?

うーん。それだと大体上手くいかないというか、そこそこで終わってしまうんですよ。

思ってたくらいのものしか出来ないってことですか?

だから、所幸則さんの最初の本は彼のところのデザイナーで、次はウチの紹介のデザイナーだったんですけど、その時は「最初から大田さんに頼めば良かった」って言ってましたからね。

大田さんが出版された数々の写真集

大田さんが出版された数々の写真集

なるほど。

編集だと、若い人では村越(としや)君が上手いかな。まあ10年近く展示の搬入を一緒にやっていたからね。展示は石内さんが異様に上手いですね。あれはスゴいレベルですよ。広島現代美術館での『ひろしま Strings of Time』(2008年開催)くらいから後、いくつかの展示は完璧だと思う。後は、僕自身が本を手がけた写真家の写真の展示なんかを見る場合にはもう、上手いのか下手なのかわからないですね。どうしても本の並びが頭から離れないから。

牛腸茂雄さんの近美でやった展示(『牛腸茂雄展』2003年開催)は涙が出ましたね。次にこれを置く、っていうのが全部わかるの。それが完璧に上手いし。ま、でも良い写真ならね。

出版は年に何冊くらい出されるんですか?

今年は沢山出しましたけど。

特に決めてはないんですか?

全然。

話があったら(出版を)やるって感じですか?

そうですね。話が来て。面白かったらやる。

もちろん、大田さんにとって面白くないとやらないんですか?

うーん、ま、でも今は大抵のものは出来ちゃうけど、やって、その人にとってプラスになるかな?ってのは考えてますね。

断る場合はどういう時ですか?

断るっていうか、自分で出した方が良い場合は自分で出した方が良いよって言いますね。

一緒にやる意味があるものじゃないとやらないという感じですか?

うん。でも並びが必要ないものもあるじゃないですか? 本人が自分の中で煮詰めちゃったものとか。そういうのは自分で出すか、どこか他の出版社に持って行った方が良いよ。と言いますね。

今、出版したい若い人になにかアドバイスはありますか?

いや、別にない。ただ、絶対本を作ったら面白いんだけど、作って後に「面白い」と思ってもらえる人のものじゃないとつまらない。過去に何度か失敗もあるしね(笑)。完璧にできたのに、後でブーブー言われたり。「採算がとれない」とか言われることもあるけれど、取れる訳ないじゃんって。

編集は特にどなたかに習ったって訳じゃないんですか?

いや、だから覚えた。長谷川さんのを見てて、自分が選んだのを長谷川さんが並べてるのを何回か見てるうちに覚えた感じですね。

大田さんは小説も色々読まれてるんですよね?

20歳の時に3000冊くらい持っていましたからね。多分、日本文学の研究者よりはるかに読んでると思います。今生きてる誰よりも一番ちゃんと読んでるとは思うけど。

蒼穹舎で売ってる小説等は全部大田さんが読んだものらしいです

蒼穹舎で売ってる小説等は全部大田さんが読んだものらしいです

今日は色々聞かせて頂きありがとうございます。

まだ序の口ですけどね。まだ全然個々の話で話してないのもいっぱいあるけどね。

(今まで大田さんが出版された本を手にとりながら)みんなそういうのは、高校生の頃に自分がみたものをどうまとめるかっていうか。

鴉も自分の原風景。僕の原風景が北海道だから、自分の原風景を深瀬さんを借りて作っちゃったっていうか。そしたら深瀬さんの鴉が有名になっちゃって。良いのかなあ?と。

今度MACKから出版されますね。

そう。深瀬さんって本当はもっとドロッドロの人だから。この『鴉』は素晴らしい綺麗な上澄みだけだから、それで良いのかなあと。確かに全部深瀬さんなんだけど、完璧に深瀬さんなんだけど、その下にマグマのようなドロッドロのものがあるから。そこをちゃんと掬わないと、とは思います。

今回のはトモさん曰く、そもそもオリジナル版を持っていない人がまだまだ沢山いるからってことで完全復刻みたいですけど。確かにもっと別の『鴉』も見てみたいですね。大田さんが選ばれた時にはカラー作品もあったんですか?

いや、その頃はなかったですね。『鴉』といっても展示やる度に全然違ってたと思うし。それがどういうものになるかなんてわからなかったしね。完全に鴉と海、北海道というかたちにしちゃったからね。

RAT HOLE から出たものは?

あれは復刻ですね。

あれはどういう流れで?

あれは綿谷(修)君と仲良くなって、まあ、ケンカしちゃ離れ、ケンカしちゃ離れを繰り返してましたけどね笑。2002年から2006年くらいまでどっぷりやってましたね。週3日くらいのペースで。

小島一郎さんのも大田さんの提案なんですか?

そうですね。あれ全部、僕。僕が提案して、彼が良いといったものしか出せなかったからね。色んな提案はしましたね。小島(一郎)さん、深瀬(昌久)さん、原美樹子、植田正治さん、長野重一さんとかドンドン提案していきましたね。結局、高校生の頃に見たものに、2000年の真ん中くらいでほぼ全部決着つけたかなあと。

後、ワイズ出版の写真叢書シリーズにもかなり関わってるんですよね?

そうですね。あれも喇嘛舎でワイズの岡田さんと会って、「森山大道さんの出せる?」って聞かれて。

まだ出せてないものや寝かしてるようなものはないんですか?

もうほぼないですね。あとは柳沢信のものがroshin booksから出れば。

(※2017年3月刊行 このインタビューをした2016年10月当時はまだ出版されていませんでした)

蒼穹舎の大田通貴さん

蒼穹舎の大田通貴さん

最後に若い写真撮ってる人とかにおすすめしたい写真集とかありますか?

特にない。

みんなもっと勉強しなさい。

くらいですかね。

勉強の方法って?

ひたすら見る。音楽でも文学でも何でも良いんだけどね。

やっぱり見るのが一番大事なんですね。

うん。やっぱ人のものを、自分より良いものを沢山見ることですね。

自分の仲間で、低いとこでお互いにちょこちょこやるより、じゃなくて、圧倒的に良いものが山のようにあるんだから、そこをドンドン見た方が良い。勉強してください。

いやー勉強になりました。もっと勉強します。ありがとうございました!

いやー、緊張しました。いかがでしたでしょうか? 僕の勉強不足、力不足で全然うまい事聞けませんでしたが、いろいろな話を丁寧に教えて頂きました。何よりまだまだ面白い話が沢山ありそうなんですが、ほとんど踏み込めずじまい。他の面白い話は他の人にお願いしたいと思います

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