丸刈りの写真家 阪本勇は『ジャポニカイサム帳』を開いて 在りし日の記憶を行き来する。

『ジャポニカイサム帳』Vol.15「父、最后の写真」。阪本さんのお父さんも連載をこっそり読んでいたらしく、そのヒントにと送られてきた手紙がコチラとのこと。きちんと笑いを取りつつも、家族の繋がりにほっこりさせられます

『ジャポニカイサム帳』Vol.15「父、最后の写真」。阪本さんのお父さんが連載をこっそり読んでいたらしく、そのヒントにと阪本さんに送られてきた手紙がコチラとのこと。きちんと笑いを取りつつも、家族の繋がりにほっこりさせられます

話を『イサム帳』に戻しますけど、使われてる紙はかなり少ない字数じゃないですか。そこを1マスも残さずに収めるという神業を発揮されていますね。実は相当な回数を推敲してるんじゃないかと思うんですけどw。

まさしく原稿用紙に1文字の過不足なく書く、という条件で書いてるんです。それだけに毎回かなり推敲してますね。

初めはマス目もない白紙のザラ半紙に、字数をあまり気にせずざっくりと汚い字で書いていき、さらにそこから削っていく。ある程度まで削れたら、そこで初めて学習帳に書いていきます。

そこからさらに調整しまくりで、きっちり字数を収めて終わらすために「言っていた」を「言ってた」にしたりだとか、「恥ずかしい」を「赤面!」に書き替える……という感じで削ります。 毎回、悩みどころは字数を減らすことなんですけど、逆に字数が足りなくて困ったことは一度もありません。『ジャポニカイサム帳』を始めて、簡潔に書く難しさを知りました。

けっこう赤裸々な内容の日記が多いですけど、基本的に子供時代の記憶を克明に記してますよね。 小さな頃の思い出って、オトナになるとなかなか蘇りにくいものじゃないですか。どうしてるのかなと思って。

友達たちと昔話をすると、「あー、そうやったなぁ! お前、ホンマよく覚えてるなぁー!」と言われることは多いですね。たしかに自分にとって、インパクトがあったことや面白かったことは鮮明に覚えてるんですけど、逆に興味のないことは全く覚えられない性格なんですよ。

『ジャポニカイサム帳』Vol.4「布団の中心でせっくすを叫ぶ!」

『ジャポニカイサム帳』Vol.4「布団の中心でせっくすを叫ぶ!」

ホンマかウソか、かの豊臣秀吉はお母さんの産道を通ってる時から記憶があったと言われていますけど……

そうなんですか? すげえ、猿すげえw。

僕は記憶がハッキリし出すのが人よりも遅くて、小2の終わりくらいからなんですよね。

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