小学時代に神宮前の名物ホームレスから殴られた過去を持つ薄井一議は昭和時代の「視覚を奮い立たせる色」から我武者羅に生き抜く力を見出す。

薄井一議『SHOWA88』より © Kazuyoshi Usui

薄井一議『Showa88/昭和88年』より © Kazuyoshi Usui

Interviewed by Tomo Kosuga

こんちは!トモです。自分、新宿生まれの新宿育ちです。そういうと羨ましがられることが多いけれど、実際のところはいい思い出なんて少ないもので。高田馬場と新大久保のあいだにある巨大都営住宅群の片隅に生まれた僕は多国籍な小学校(といってもインターとかではなく、普通の公立小学校)で様々な人種と宗教観に揉まれながら、どちらかといえばトラウマの記憶ばかりを蓄積してきた気がする。

曖昧な言い方だけれど、理不尽なことや不合理なんて日常茶飯事。誰も守ってくれないし、やれることといえばケンカくらいのものだった。そして時は流れ、新宿から離れた土地に住まいを構えたいま、ふとあの時代、つまり80年代から90年代を振り返ると、無性に懐かしくなるのはなぜだろう。理不尽なこと、不合理なことは裏を返せば、時代や空間に今よりもスキマがあったことのようでもあるように思える。そこでは自己判断を求められるがために、幼い自分には理不尽にも感じたのかもしれない。もしかするとオトナたちにとっては、あのスキマは居心地の良いものでもあったのかもしれない。

薄井一議さんの『SHOWA88/昭和88年』を初めて観たとき、気がつくとあの頃のスキマを思い返していた。もう塞がったとばかり思い込んでいた当時の記憶は小さな点よろしく縮まっていただけで、それが薄井さんの写真によってこじ開けられた。煌びやかな夜のネオン、男たちの叫び声、酒や香水の香りは子ども心にドキドキさせられて、ただ通り過ぎるだけでもワクワクしたっけ。中学の頃、自転車でおそるおそる通った、新大久保→職安通り→歌舞伎町→新宿という道程は、年を重ねるごとに落ち着く空間になっていた。そこでは誰も僕のことなんて興味がないから、当時の仲間と真夜中になにをするでもなく街を彷徨ったものだ。時折ニュースで発砲事件があったと聞いても、なんら不思議に思わない。それがあの時代の日常だった。離れてみて分かるのは、異次元のような現実らしくもない故郷だったということ。

薄井さんが繰り出すパラレル世界はひとつひとつが断片で、だから思い思いに繋ぎ目を補強できる。そうして気づけば、僕たちは時空のスキマをこじ開けている。そして〝覗いてしまった〟僕らの肩を薄井さんはポンと叩き、笑いながら「仲間、 仲間」と共犯関係を築いていく。

 

薄井一議さん

薄井一議さん

TSK:薄井さん、今日はよろしくお願いします!

薄井一議:トモさん、唐突なんだけどさ……

はい!

深瀬さんの『鴉』の話、していい?

え、あはいw。深瀬さんの『鴉』ですね。1976年に写真家・深瀬昌久が、妻との離婚を機に北海道を周回する旅に出て、そのときに写された写真を本人は『遁北記』と名付けようとしていたんだけれど、当時の「カメラ毎日」編集部員の山岸章二さんから「それじゃあ薬のトンプク(頓服)みたいだ。烏の写真が多いから『烏』はどうか」と言われ、動物写真ではないんだからと思いつつ、まあ旅カラスという言葉もあるし、それでいこうと決めて、これを同年ニコンサロンで発表したところ、第2回伊奈信男賞を受賞、1986年には蒼穹舎から写真集『鴉』として刊行され、現在では深瀬さんの代表作として世界的に知られる『鴉』ですね。ちなみに薄井さんがこれから僕に『鴉』を話してくれるのは、僕が深瀬さんの遺作を管理する深瀬昌久アーカイブスのメンバーだからですよねw?

うんそう(笑)。あの本の最後、ホームレスの後ろ姿を写した1枚で終わるじゃないですか。

はい、背中に布団を背負ったホームレスですね。大きなカラスかのような。

あの人からオレ、殴られたことがあって。

マ ジ か w w w w w w w w。

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