小学時代に神宮前の名物ホームレスから殴られた過去を持つ薄井一議は昭和時代の「視覚を奮い立たせる色」から我武者羅に生き抜く力を見出す。

まず深瀬さんがあの人を撮られた場所って、ちょうどうちの実家前で。原宿に、いまでいうDIESEL HARAJUKUがあるところ(原宿警察署の向かい側)。あそこからさらに新宿側に向かうと、地下に「フォンダ デラ マドルガータ」っていうメキシコ料理屋があるビル、ビラ・ビアンカがあって。その辺なんですよ。で、殴られたのは小学1年か2年の頃だったと思うんだけど。

 

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深瀬昌久『鴉』より。薄井さんはこの人物に殴られたらしい(1986年、蒼穹舎刊)© Masahisa Fukase Archives

 

はいはい、〝原宿といえば〟な名物ビルですね!

でね、なんであの1枚を撮った場所が特定できるのかというと、写真のなかでホームレスの後ろに「レナウン」って建物の看板が見える。それがあるのは、まさにあそこなんですよ。

ちょっと待ってください、このインタビューのあとで写真集『鴉』を見返した未来の僕に確認させます……はいはい、たしかに「レナウン」って入ってますね! しかもタイトルは「神宮前、1981年」と書かれてます。あの辺一帯は神宮前ですもんね。で、薄井さんは1975年生まれだから、1982年に小学1年生。場所も時代も、バッチリ合いますね!

 

確かに「レナウン」と書かれていました© Masahisa Fukase Archives

確かに「レナウン」と書かれていました!© Masahisa Fukase Archives

 

でしょ? いまでいう「DESEL HARAJUKU」の前にある歩道橋のたもとで、あのホームレスはいっつも包(くる)まって座っていたんですよ。で、オレが小学1年の頃は、その前を通るときいっつも息止めて走ってた。

息止めて走るw。それ、なんか分かる気がします。それって別に差別的な意味じゃなくて、目の前に不合理なものが飛び込んでくることが、昔は今よりも多くあったというか。僕は新宿に生まれたのもあって、アジア中心に多国籍な地域でした。学校でも色んな宗教の子たちがいて、気になって訊いても教えてくれなかったり。街にホームレスは多かった。当時、公園はブルーテントだらけで、オトナからは近寄るなと注意されていた。でもホームレスのおじさんとセミ取りしたこともあったし、意味も分からず追いかけられたこともあった。不合理なこと、理解できないことは、あの時代のほうが多かった気がします。できる手段の少ない子どもにとっては、場合によっては全速力で駆け抜けるしかなかったりもする。

ホームレスにも色々いて。国からご飯の配給を受けているような人だと、見た目は意外に普通だったりするんですよ。でも見た目がホームレスらしいホームレスは「アウトサイダー型」。〝普通のホームレスのコミュニティ〟にも属さない。そうなると独りで行動することになるじゃないですか。あの人もそのタイプだった。

で、ある日、そこを通るとき、いつものように息を止めて走って通り過ぎようとしたら……

ゴクリ。

ガバッと起きて、殴られた(笑)。

なんでーw!!

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