小学時代に神宮前の名物ホームレスから殴られた過去を持つ薄井一議は昭和時代の「視覚を奮い立たせる色」から我武者羅に生き抜く力を見出す。

ですね。昭和のなかだけでも物語がいっぱいあるじゃないですか。戦争があり、高度経済成長があって。是が非でも、笑われてもいいから生き抜こうとするなにかがあった。でもどんどん清潔にされていくと、無菌状態になっていくというか……

 

薄井一議『SHOWA88』より © Kazuyoshi Usui

薄井一議『Showa88/昭和88年』より © Kazuyoshi Usui

 

それ、歌舞伎町がいい例ですよね。「歌舞伎町浄化作戦」と銘打って再開発が進んだ挙げ句、新宿という街は活気とある種の「スキマ」を失ってしまった。スキマがあるから新宿であり、歌舞伎町だったのに。自分が小学の頃は発砲事件もあったし、危険とは隣り合わせだったかもしれないけれど、人々がフゥ〜と生き抜くできるような空間がなくなったように感じます。で、台湾や香港、ベトナム辺りを旅行すると、かつての新宿を思い出して懐かしくもホッとする自分がいたりもして。全方位から監視されることで安全かつ清潔な街になるのは素晴らしいことだけれど、混沌とした熱気やスキマは本能的に必要な気もします。それこそ、ホームレスからいきなり殴られるような理不尽さというかw。

そう。きれいすぎるんだよね。生きやすいんだけど、ちょっとお腹が空いているくらいの方が良かったりもする。そのほうが、人間的な思考回路も働く。確かにトモさんが言うように、表裏があるとは思うんですよ。暴力やクスリがいいとは思わないしね。だけど表だけっていうのも、それはそれでコワいなと。そのうまいバランスが人間臭さというか。

タイトルは『Showa88/昭和88年』、つまり現在も昭和が続いていたらというパラレルワールド。とは言え、単純に昭和回顧という訳でもなさそうです。

別に昭和というものに憧れがある訳じゃなくて、やはり「生き抜こう」ということにひとつの焦点を置いている。例えば、昭和88年というパラレルワールドでも大震災は起きていたと思うんですよ。昭和というもの自体はあくまで人間事による時代区分に過ぎない。だから僕たちの世界とそれほど変わらないのかもしれないけれど、それでもどこか違う世界になっていたんじゃないか。ひょっとすると、ブレードランナー的になるんじゃないかなと思うこともあるし。

 

薄井一議『SHOWA88』より © Kazuyoshi Usui

薄井一議『Showa88/昭和88年』より © Kazuyoshi Usui

 

そうそう。僕ね、飛田新地でブレードランナー感を感じたんですよ。

あー、たしかにw。

ライティングといい、ピンク色の蛍光灯が灯されていると思えば、下から「鈴木その子」みたいなフットライトがパコーンって(笑)。

ページ:
1 2 3 4

5

6

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

ページ上部へ戻る