沖縄の地に私的な因縁を導き出した野村恵子は言葉を寄せつけない写真の神秘に身を寄せながら先祖の潜像を見つめる。

敢えて因縁のあるほうに意志を持って入り込んでみると、なにかが回り出すことがあって。まるでそれが必然だったり、運命だったりするようなことに発展していく。そういったことが、写真のうえでも起こるんだなと感じました。

keikonomura_02

因縁の土地で出会った若者たちと向き合うなかでスタイルを確立された恵子さんはその6年後、写真集『Bloody Moon』を編みます。前作からの変化としては、女性ポートレートが象徴的に挟み込まれるようになったことが挙げられますね。タイトルも『Bloody Moon』と、女性らしさが滲み出ている。

前作との間に6年も空いたのは、作品を創る上ですごく悩んでしまったからなんです。まずコザの街に開発の手が入ってしまい、もともと私が好きだった独特のコザの雰囲気が急激に変容していく様子を見て失望してしまった。それから同世代の仲間たちも大人になっていき、もう当時ほどの勢いあるやんちゃさも薄れていき。私自身もアルバイトだけの生活から写真の仕事を本格的にし出した。

いま振り返ると、かつては身に近くリアルに感じられたものが、そのままのやり方ではなかなか掴みとりにくいものになってしまったんでしょうね。悩んだ末にご縁のあったハワイへ行ってみたりとか、台湾やインド南方への旅によく繰り出すようになったり。自分の住む場所や日常でも撮ってはいたのですが、余計になんだかまとまらなくなってきて模索していたんです。でもそのとき、自分に近い女性たちのポートレートを軸にしたらひとつの芯が見えるなと気づいて。『Bloody Moon』からは意識的に女性を撮り始めていった。

keiko_nomura_bloody_moon

さらに3年後、2012年に刊行した『Soul Blue』はこれまでと打って変わって、実に落ち着いたトーンによって女性たちのポートレート、空、海が展開していき、恵子さんの御母様の死も挿入されます。因縁の地から始まった物語は、どんどん恵子さん自身へと引き寄せられていく。

『Red Water』の発刊と同時くらいに母が亡くなりました。その撮影時点から母の死の兆しは濃く見えていたものの、亡くなる前後の実感はまるで異なるものだった。しばらくして父も亡くなり、私は家族と実家をなくした。彼らの実体や住処はこの世から消えたのに、写真は残るじゃないですか。存在とはなんなのだろう?ということを、より考えるようになっていきました。

ページ:
1 2

3

4 5

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

ページ上部へ戻る