1万年前の記憶を1万年後の人類に託すため、ケロッピー前田と大島托は縄文文様にタトゥーの潜像を見る。

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そういう理由から縄文タトゥーに辿り着いたってことですね。

そう、もし縄文時代にタトゥーを彫る技術があったのなら、縄文土器の文様はすべて人の身体にも彫られていたんじゃないかと。原始的な手彫りの道具は木の棒みたいなものなので、僕らもいろいろと調査中なんですけど(笑)。

1969年に考古学者の高山純さんが『縄文人の入墨』という本を出していて。その中で、縄文時代にはタトゥーがあったんじゃないかっていう問題を提起しているんですよ。ただ、縄文時代に関して言えば、さっきの例のようにミイラが出てきている訳ではないから、〝タトゥーがあった〟とするための決定的な物証がない、という問題もあるんですけど。

縄文時代はなかなか物語ってくれないんですね。もどかしいなあ。

今回僕が書いた本『クレイジートリップ』の中では、カナダ先住民のハイダ族を紹介しています。彼らによるハイダ・タトゥーというスタイルは、現代のタトゥーシーンでも人気図柄のひとつ。で、それが実はボディペイントだったんじゃないか?っていう議論がされたこともあって。でも、のちにタトゥー道具がスミソニアン博物館のコレクションのなかから発見され、それが確固たる証拠になったと。

とはいえ、原始的な道具だと、ともするとただの木の棒なんですよ(笑)。人類学者でも、ただの木や針としか見受けられないかもしれないけれど、タトゥーの現場にいる人間が見れば、これどう見たって道具じゃん!みたいな。

『縄文族 JOMON TRIBE』展示会場の様子

『縄文族 JOMON TRIBE』展示会場の様子

タトゥーはボディペイントだったんじゃないか?っていう捉え方は面白いですね! 言ってみれば、けっこう根本的なことがまだ分からなかったりすると。

というのも大航海時代、未開の人たちに初めて遭遇した西洋人たちがその様子を絵に描いて残していて。でも当時は身体に描かれたものがタトゥーなのか、あるいはボディペイントなのかをあまり意識しないで記録していたんですよ。

あー、区別しないで絵にしていたんだ。

今なら、例えば写真に撮られたものなら、タトゥーなのかペイントなのかは判断しやすくなっているんですけど、絵でしか記録が残っていない時代のものは区別がつきにくい。正確に明記されている場合は別ですけどね。

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