1万年前の記憶を1万年後の人類に託すため、ケロッピー前田と大島托は縄文文様にタトゥーの潜像を見る。

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それでは再び、縄文タトゥーの話に戻りましょうか。

はい。先ほどの話の続きとしては、縄文土器の文様はもしかするとタトゥーだったかもしれないと。土偶にしても、そのまんま人に見えるから、あれに施された文様もタトゥーかもってことですか?

例えばさっき話した高山純さんは1969年刊の著書『縄文人の入墨』のなかで分かりやすく、土偶の文様や顔の模様はタトゥーなんじゃないか?と書いているんですけど、それはそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。あと土偶のモチーフはもしかしたら人間ではなくて、精霊のような架空のものを表しているのかもしれないと言われていて。

ケロッピー前田さんが所有する高山純『縄文人の入墨』

ケロッピー前田さんが所有する高山純『縄文人の入墨』

僕は今回の『クレイジートリップ』のために、新規取材として北海道を訪れています。なぜかというと、縄文は色んな地域にあったんですけど、北海道と北東北をひとつの縄文文化圏として世界遺産に登録しようという動きがいまあって。北海道考古学会の会長を務める大島直行さんという方に話を聞きたいと思った。

へー、そんな動きがあったんですね。

そういう動きがあるなか、「縄文文化は人類史上でも非常に価値があるものである」と世界にアピールしていくべきだということで、大島直行さんは積極的に発言されているんですね。僕も彼に話を聞いたわけなんですけど、縄文の文様について色々とご教授を頂いて。

1万年以上続いたといわれる縄文時代において、文様のバリエーションは多岐にわたるし、そもそも土器は出土数がものすごく多いんです。1万年もの時間のなかで、これだけの文様を生み出したのが縄文時代だったと。

『縄文族 JOMON TRIBE』© TAKU OSHIMA & RYOICHI KEROPPY MAEDA

『縄文族 JOMON TRIBE』© TAKU OSHIMA & RYOICHI KEROPPY MAEDA

普通は農耕が始まってから文化や文明が生まれると言われますけど、大陸から農耕が入ってきても、日本では弥生時代まで拒否し続けていたんだと。つまり意識的に狩猟採集文化をかなり長く引っ張ったと、大島直行さんは説明していて。

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