木原悠介は夜な夜なダクトに潜り込み、その先にメタリックオーシャンの潜像を見る。

Interviewed by Tomo Kosuga

「この展示、見に行った方がいい」——。

或る日、写真家の田附勝さんがFacebookに投稿した一文だ。添えられた展示DMには、観たこともない世界が映っていた。

数日後、訪れた会場に並べられた写真をこの目で見たとき、その場から離れることも、写真から目を反らすこともできなかった。これは一体なんなんだ?! かろうじて分かるのは、それが「なにか正方形の筒型をしたものの中」だということ。それも種々様々な形状やカラーがあって、ものによっては洞窟や鍾乳洞、あるいは廃棄されたスペースステーションの残骸に見えなくもない。だけど空間には人っ子ひとりおらず、ただただ「空洞の空間」がいくつも並べられていた。

© Yusuke Kihara "Dust Focus"

© Yusuke Kihara “Dust Focus”

展示タイトルは「Dust Focus」。ギャラリーオーナーの酒航太さんから作品説明を受けて、ようやくそれが排気ダクトの中だと分かった。つまり、建築物内で空調や排煙のために設備される配管=ダクトの内部だ。だとしても、一体どういう発想でその内部を撮ろうと思ったのだろう。いびつで、体を成していないその世界はまるであらゆるものを受け入れるようにも、拒むようにも見えた。急にそこに立たされた気分になったオレは孤独感に包まれ、怖くなり、でもしばらく経つと慣れてきて、もっと奥を観たいと思うようになっていた。

この不思議な体験が今から2年前の夏、2014年8月のこと。かつては写真屋だった家屋を写真家の酒航太さんがギャラリーにしたスペース「スタジオ35分」での写真展だ。写真家の名前は木原悠介といった。

#037

© Yusuke Kihara “Dust Focus”

月日は流れ、2016年6月。この作品がいよいよ写真集として産声を上げた。版元はSUPER BOOKS。他でもない田附さんのレーベルだ。あのときの田附さんのポストから、まさかこんなことになるなんて! 他人事ながらも嬉しかったし、悔しかった。おもしろいことやってるなと嫉妬した。だから本が出来上がって、まさに制作チームが手にとろうという日に自分も参加し、出来立てホヤホヤの「Dust Focus」をこの手にとりながら、木原さんに話を聞きたいと思った。

ついでに書くと当時、田附さんは「kuragari」という作品を同じくSUPER BOOKSから出版してちょうど1年が経ったくらい。東北の森のなかで、ライトを当てた先で田附さんは野生の鹿と出会った。そのとき、ぞわぞわする感覚に包まれたという。いつからか人間は光を手に入れ、いかなる場所も開拓できるかのようになったけれど、田附さんはこの鹿との出会いによって、自分の立つライトと鹿の立つ闇のあいだに決して縮まることのない「境界線」があることを知った。それを「kuragari」と呼んだ。オレの勝手な想像だけれど、田附さんが木原さんの「Dust Focus」に反応したのは、このとき近い眼差しを2人が持っていたからじゃないかな。

さて、長ったらしいイントロダクションもこのくらいにして。2人の写真家が奇跡的な出会いを経て、周りを巻き込みながら本というカタチにした「Dust Focus」。それがどんなもので、2人がどんな紆余曲折を経てこの日を迎えたのか、その話に耳を傾けてみよう。

 

出来立てホヤホヤの写真集『Dust Focus』を持ちながら、木原悠介さんと共に

出来立てホヤホヤの写真集『Dust Focus』を持ちながら、木原悠介さん(写真・左)と共に

 

TSK:木原さん、今日という日を楽しみにしていました。「Dust Focus」はダクト内の写真ということで、その説明を受ければなんとなく理解できるんですけど、すると今度は別の疑問が湧いてくるんですよね。なんでわざわざダクト内を写真に撮ったのか?と。

木原悠介:オレ、昔からダクト清掃の仕事をしてきたんです。もうだいぶ長くて、10年以上かな。途中で辞めて別の仕事に就いたりもしたけれど、結局いまはまた携わっていて。

そういうことだったんだ! 現場の仕事仲間はどういう連中だったんですか?

色んなヤツがいて。施設で育ったヤツも居たし、かと思えば東大を卒業したやつもいたし。元AV監督やスケーターだったり。色んなやつがいて。会社に仮眠所があるんで、みんなと一緒にメシ食って、風呂入って。衣食住がもう一緒だから、すぐ仲良くなる。あんまりオラオラしたヤツもいないし。そいつらとチームになって、街が静まりかえった真夜中から朝にかけてダクトに〝潜る〟んですよ。

入ることを〝潜る〟って言うんだ、カッケー。仕事内容としてはダクト専門なんですか?

いや、他にもたとえば外側の網も外して掃除したりとか。普通のエアコンをばらすこともある。ビル全体に風を送るとことかは、ワンルーム一部屋分くらいある大きい空調機にでっかい扇風機があったりいるし。そういうとこも洗ったり掃除する。まあビル全体ですね。

ひとつの現場につき、どれだけ時間をかけるんですか?

1日で終わるケースもあれば、3日間かける仕事もありますね。

ダクト清掃の仕事はどういうきっかけから?

学生のとき、友だちから紹介してもらって。だから10代の頃からですね。この仕事しかしたことないヤツとか、長いヤツはいっぱいいますね。その日のうちに金もらえるし。メシも食わせてもらえるし。

#048

© Yusuke Kihara “Dust Focus”

給料はいいんですか?

別に良くはないと思う。その代わり、好きなときに働ける。今は厳しくなったけど、別にサボっても、なんで来なかったんだよ?くらいというか。ユルい。一時期、「無断欠勤マイナス5,000円」っていうルールができて。来ないヤツがいっぱいいるから。でもとりあえず連絡さえすればOK。その理由にしても、葬式とかそういうベタなのはもう通り過ぎて「ビーサンの鼻緒が切れて靴がないから今日休みます」とか。そんなふざけた理由で休んじゃう。せめて風邪と言えよって(笑)。

だいぶラフっすねw。で、ダクト内を撮るようになったのは?

この仕事を始めて3年目からかな。自然と撮り始めたから、実はよく覚えてないんすよ。

#123

© Yusuke Kihara “Dust Focus”

ダクトを撮るとき、カメラはなにを?

「写るんです」。

マジっすか!w。

すぐぶっ壊れるからね。仕事中でも報告写真として「現場監督」(※工事現場の撮影に特化した〝工事カメラ〟の代表格として知られるカメラ)も使うんですけど、ぶっ壊れはしなくても油汚れでベトベトになる。汚れたらすぐ換えられた方がいいじゃないですか。だから「写るんです」が効率いい。作りが簡易的すぎて、ぶっ壊れることもない。

確かに。それにしてもよく仕事中に怒られないですね。

それも「写るんです」だから、って面があって。それこそ現場に、理由もなくリッパな一眼レフを持ち込めば「なにやってんだ!」と言われる。だけど「写るんです」はコンパクト。ポケットに入れられて、ゴム手袋や軍手をしていても撮れる。目立つことなく撮れていいんですよね。ダクト内ではストロボ焚いて撮ってるんですけど、「写るんです」は基本一定だから難しくもなくて。黒っぽいダクトとか、メタリックで反射あるやつなんて特に。

#110

© Yusuke Kihara “Dust Focus”

それにしても狭そうw。実際どうなんですか?

狭いダクトだと、両手を前に伸ばしながら入っていく。閉所恐怖症には無理な仕事ですね、動けなくなることもある。ダクトの途中でも、ピアスっていう鉄板を穴あけるビスとかいっぱいある。狭いところなんかでは、それが服に引っかかる。キズもいっぱいできるし、作業服もすぐズタボロになる。

今まででヤバかった現場を教えて下さい!

ダクト清掃の案件には「定期」と「新規」があって。前者はそれこそ半年に1回くらいのサイクルで依頼が来る案件。後者はそれこそ該当するビルで初めての掃除っていう案件で。「新規」がヤバい。

どうヤバいんすかw。

だって、ビルができてから何十年も経って初めての掃除ですよ。油のコールタールみたいなのがたんまり固まっているのを剥がしたり。ドロドロの油が湖みたいになっている場合、とにかく掬ってバケツに入れていく。ホコリの場合なら、掃除機パックが10秒でいっぱいになる。

掃除パックが10秒でいっぱいの世界ってwwww。そもそもダクトの役割ってなんなんですか?

主にふたつ。新鮮な空気をビル内に取り込むことと、室内に溜まった空気を排出すること。そのふたつによって、例えば飲食店なら調理時の油がダクト内にこびりつくし、トイレなんかの一般排気には埃が山のように積もる。それらをひとつひとつ、手作業で取り除くのがダクト清掃の仕事です。

#043

© Yusuke Kihara “Dust Focus”

ダクトって狭いのが大半だと思うんですけど、なかには巨大なのもあったりするんですか?
でかい駅とかだと、立って移動できるくらいの大きさとかありますよ。

そういう場合、どうやって清掃を?

1週間工期とか、支店の連中と合同でとか。あるいは下請けも入れて、大人数でやる。厨房のケースでも、まずメインに大きなダクトがあって、そこから各コンロの上に枝分かれ(ブランチ)がいっぱいある。それを全部含めると、ものすごい長さかもしんないすね。

1週間かけたとして、1日の作業時間は?
現場と人数によりけり。夜11時まで営業してて、朝までに撤退しなきゃいけない。

そっか! 街が寝静まった夜のあいだに終えなきゃいけない仕事なんだ。

そうそう。

ヨゴレやホコリはどうやって取るんですか?

ホコリは掃除機1台と、掃除機パックをいっぱい持って。油汚れは程度によって「ハツリ」っていうスクレーパーみたいな道具でひたすら削っていく。あるいはキツい薬品をぶちかけて、スチールウールでこすって、雑巾で拭き上げる。だからバケツ持って入りますね。夏とかはTシャツ絞れるくらい汗かくし、冬に屋上のダクトだと鼻水も垂れて寒いです。

左・木原悠介さん、右・田附勝さん。スタジオ35分のバーにて撮影

写真 左・木原悠介さん、右・田附勝さん。新井薬師前・スタジオ35分の併設バーにて撮影

想像を絶する現場だと思うんですけど、装備は万全なんですよね?

マスクは基本するんですけど、ものすごく狭かったりすると、特に昔だとウエスっていう布を忍者みたいに口に巻いて作業してましたね。会社はマスクしろって言うけど、みんな大体しない。身体には悪いと思うんですけど。使う薬品も中毒になる。すごく強くて。昔は中毒で病院に運ばれるヤツが少なくなかったですね。

ひゃー。本題に戻るんですけど、なぜダクト内を撮ろうと?

自然と撮り始めたんですよ。自分の目の前、これやべえな、面白いなと思った。自分や同僚がおっさんになったとき、こういうマニアックな写真が残っていれば、一緒にワイワイ酒が飲めるじゃないですか。ここはどこどこのダクトだとか。観れば、大体分かりますから。ここは最悪だったよなー!とか(笑)。ただの箱のようにも見えるけど、実は情報がいっぱい詰まってて。ホコリの質、ダクトの形……。

マニアックすぎますw。じゃ、「Dust Focus」でのダクトは選び抜かれた精鋭ぞろいなんですねw。

けっこう選んで撮ったっすよ、このダクトやべえな!とか。

それにしても、この光景。なーんか、どこかで観たことがあるような……。

あー、ゲームのRPGとか?

そそそれだ……!!!!!!

『ウィザードリィ』とかこんな感じっすよね(笑)。

ゲームRPGというジャンルを創設したといっても良い大古典ゲーム。ゲームの主人公の目線から描かれる世界観はやればやるほど自分がまるで本当に洞窟やダンジョンに迷い込んでいるかのような没入感があった。©1987 Andrew Greenberg,Inc./©1987 Robert Woodhead,Inc./©1987 GAME STUDIO Inc ©1987 ASCII Corporation for Japanese translation

ゲームRPGというジャンルを創設したといっても良い大古典ゲーム『ウィザードリィ』。ゲームの主人公の目線から描かれる世界観はやればやるほど自分がまるで本当に洞窟やダンジョンに迷い込んでいるかのような没入感があった。©1987 Andrew Greenberg,Inc./©1987 Robert Woodhead,Inc./©1987 GAME STUDIO Inc ©1987 ASCII Corporation for Japanese translation

 

自分は『ダンジョンマスター』と『メガテン』派でした。ところで、ダクトから抜けられなくなったことは?

ありますよ、狭い場合、250mm×350mmとかだから。

せまっ! そういうとき、どうするんですか?

仲間に足を引っ張ってもらったりとか。入るときは、両手を前に伸ばして5メートルとか入っていく。手探りで進んでいって、戻ってきてから、清掃できてないところをやり直したり。汗で滑らなくなることもあるし、靴もひっかかる。自分の好きな体制をとれないのは、引っかかったと同じような辛さがあります。首を曲げたくても曲げられないのは、慣れないうちはイラつきますね。

#044

© Yusuke Kihara “Dust Focus”

ひょえー。

天井高くて、人の肩借りて上がったようなところは、親方になんか言うとか。でもキツいから、水分補給とかで降りてきますけどね。汚くなったバケツを交換したりとか。降りるのがめんどくさい時は、ダクトの中で休憩しますとか。

そんなダクト内を撮るとき、どんな気分なんですか?

ダクトで独りになったとき、フラッシュ焚いて撮る感覚には或る種の中毒性があって。ダクトに入ることを〝潜る〟と呼ぶように、息苦しさや体がつっかえた時の恐怖は〝素潜り〟に似ているのかもしれないですね。

 

〝素潜り〟——。言い得て妙な一言が最後に木原さんの口から飛び出した。ダクトが狭すぎるときは、両手を前に伸ばしながら入っていくという。まるで海に飛び込むかのように。木原さんが人知れず夜な夜な潜り続けたダクトの先で見つめた先には、目には見えない大海の潜像が広がっていた。

経済用語に「ブルー・オーシャン」なる言葉がある。競争の激しい既存市場を「レッド・オーシャン」と呼ぶ一方で、競争のない未開拓市場を「ブルー・オーシャン」と呼び、後者を切り開くべきだと言われている。それは写真の世界においても変わらない。木原さんが見つけたのは確かにブルー・オーシャンだった。あるいは都会を〝コンクリート・ジャングル〟と呼ぶなら、これは〝メタリック・オーシャン〟とでも呼ぶのはどうだろう。

男が見つめた先にはなにもなく、延々と続くだけだ。先は見えない。それでもカメラを向ける。目の前の続き。写真らしさ。木原悠介『Dust Focus』。この類い稀な世界の広がる写真の展示がいま、中目黒のギャラリー「Poetic Scape」で開催されている。2年前のあの日、オレが体験した感覚をぜひ多くの人たちにも味わって欲しい。

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©KIHARA Yusuke

木原悠介展『DUST FOCUS』

POETIC SCAPEでは6月29日(水)より8月6日(土)まで、木原悠介 展『DUST FOCUS』を開催いたします。
2014年、Studio 35 Minutesで開催された初個展は評判を博しました。今回はその初個展を再構成し、POETIC SCAPEて展示いたします。 また展示開催とほぼ同時に、SUPER BOOKSから木原悠介写真集『DUST FOCUS』も出版されます。

なお、7/16開催のクロストークは東京国立近代美術館客員研究員の小林美香氏をお迎えして開催いたします。
ぜひご高覧いただきますよう宜しくお願い致します。

会場:
POETIC SCAPE 東京都目黒区中目黒4-4-10 1F
http://www.poetic-scape.com/
会期:
2016年6月29日(水)~8月6日(土)
協力:
Studio 35 Minutes / SUPER BOOKS
月・火 アポイント制
水   16:00-22:00
木〜土 13:00-19:00
日・祝 休廊
▶クロストーク:木原悠介×小林美香(東京国立近代美術館客員研究員)
2016年7月16日(土)18:00-19:30
会場:POETIC SCAPE
要予約、定員20名
参加費:1000円(トーク後1ドリンク付)
クロストークのお申込はメール(front-desk@poetic-scape.com)またはPOETIC SCAPEのfacebookページのメッセージにて、
参加者の氏名、人数をお知らせ下さい。
【木原悠介プロフィール】
1977年広島県生まれ。
Studio 35 Minutesにて初個展「Dust Focus」を開催

この記事の著者

トモ・コスガ

トモ・コスガ

1983年生まれ、編集者。フォトグラファー・新田桂一に師事後、VICE MAGAZINE JAPAN編集部、EYESCREAM編集部、VICE MEDIA JAPANを経て独立。現在は故・深瀬昌久の作品管理と普及を目的とする「深瀬昌久アーカイブス」ディレクターを務めながら、主に写真関連の記事を書いたり、家事をしたり、ジムでマッチョを夢見たり、クワガタを飼育・採集、と多岐にわたって活動中。

http://www.tomokosuga.com/

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